元化学専攻・名誉教授 有賀哲也

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 2024年3月31日をもって理学研究科を定年退職した。新任の助教授として京都大学に赴任したのが1993年7月1日だったので、およそ30年間お世話になったことになる。思い返すとさまざまな出来事、お世話になった先生方、事務室スタッフのみなさん、研究室に在籍し巣立っていった学生たち等々のことが思い出され、あっという間に過ぎた30年間だったと感じている。
 さらに以前の43年前、修士課程進学の際に研究室を選んだわけだが、その時に「自分にとって最もよく分からない研究をしている研究室に行こう」と考えたことを思い出した。幾つかの研究室を回った中で、大学本部から遠く離れた附置研の一室で、若い助教授(半講座制だったので教授はいない)の先生がニコニコしながら「僕にもこの研究分野はまだ全然分からないことだらけなんですよ」と説明してくれたことに不思議な感銘を受け、当時まだ新しい研究対象であった固体表面の構造や物性に関する研究を進めているという研究室にお世話になることを決めた。その「若い助教授の先生」である村田好正先生は、その1年前まで別の大学で気体分子の構造解析に関する研究をされていて、私が行った当時は、固体表面物性に取り組み始めて1年が経ったばかりだった。先生も学生も勇気に満ちた時代であった。
 しかし、最初は無謀と思えても、実際にやってみるとなんとかなるものである。幸いなことに、最初にもらったテーマである「Si表面上のアルカリ金属一次元鎖の電子状態」を論文にすることができ、その後は、「遷移金属表面上ではアルカリ金属はどのように振る舞うのか?」、「観測された奇妙な構造変化現象の物理機構は?」、等々、玉突きのように現れる疑問に導かれて研究テーマを広げることができた。大学院での5年間は私にとって本当に大切な時間だった。
その後、大学教員となって38年、研究室をふたつ移り、研究テーマは変遷したが、43年前と同じ表面科学の分野でキャリアを終えることになった。興味の赴くままに研究させて頂き、理学研究科、化学教室、スタッフ諸氏、学生諸氏に深く感謝する。
 4月からは理学研究科の特定職員(特任教授)としてしばらくお世話になり、アドミッション関係の仕事をさせて頂いている。3月末の定年に際して、事務室の方から、名誉教授にも科研費の申請資格があると教えて頂いた。実験室から完全に離れた現在の私にも実行可能な研究プランを考えている。楽しみである。